夢を見るなら

突然ですが・・・

現在の自分自身の姿は、たとえば5年前、または3年前でもいいですが、想像していたものと同じでしょうか??

 

なんかいきなり怪しい話ですね(汗)

 

やましんは、音楽活動自体はかなり昔からやっていました。

ブランクもそこそこあるんですが、まぁでもそのキャリアの中で、かなりいい歳になった今が一番、活発な活動をしています。

これからも、ますます活発になっていく予定です。

 

しかし実は、今のようなペースで活動するようになってからは、まだそんなに時間が経っていません。

せいぜい2年ぐらいでしょうかね。

 

 

そもそも、今の活動の中心になっている弾き語りスタイルになってから、まだ3年経っていないと思います。

3年前に弾き語りを始めた(正確には、約20年振りに再開した)頃は、本格的なライブ活動をすること自体、考えていなかったんです。

 

当時はバンドのギタリストとして、本当に趣味の範囲で細々と活動をしている程度だったんです。

月に1〜2回集まって練習し、年に1〜2回程度しかライブをしないようなバンドでした。

で、暇なもんだし、たまたまその時に弾き語りでもやってみない?と誘われ、遊びでオープンマイクの日に出かけたのがきっかけ。

もちろん、そのオープンマイクの日に遊ぶだけのつもりで、まさか弾き語りを継続しようとは思っていなかったし、ライブ活動なんて全く眼中にありませんでした。

 

ところが、ふとした弾みで弾き語りを継続することになり、そのうち恥ずかしがりながらもライブイベントに出るようになり、やがてこっちから頼んででも出るようになり、県内では飽き足らずに外に飛び出し・・・

そして現在のようになったわけです。

 

弾き語りに専念するために、バンドのほうも辞めました。

ちょっと耳の調子がよくなかったのもあるんですけどね。

 

今では、逆に「以前はバンドをやっていた」と言っても驚かれるように、弾き語りのやましんが定着していますが、昔の知り合い達は、あまりにもの変貌ぶりに驚いています。

 

もちろん、自分自身でも驚いています。

3年前には、想像すらしなかった自分の姿が、今ここにあるわけです。

 

このことだけではないんですが、やましんは、こうした経験を踏まえて今、ある信念みたいなものを持っています。

 

それは、未来を夢見る時は、想像もつかない姿を想像しよう…ということ。

 

いや、矛盾してますね、想像つかないんだから想像できない(~_~);

 

 

もうちょっと細かく言うと、どうすれば実現できるかわからないけれど、自分の望む未来を描こう、ということ。

 

よく、逆のことを言う人は多いでしょう?

「実現できるという根拠のある目標をもちましょう」

みたいに。

 

きちんと事前に計画を立てて、実現可能な目標を選びなさい、と。

 

でも、やましんが思うには、計画を立てたら実現可能なことがわかったものって、それはもう夢ではなくて、ほぼ現実と同じレベルですよ。

それって、最初から完成形が決まっていて、そして説明書通りに組み立てれば出来あがるプラモデルみたいなものです。

 

それって、夢と言えないんじゃないですかね。

まぁそりゃぁ、現実には計画通りにいかないこともあるだろうけど、説明書通り、計画通りの人生なんてつまらないもんですよ。

 

 

ただ、勘違いしてほしくないのは、ただ夢みてりゃいい、っていうわけではないということです。

 

言いたいことは、「計画ありきの夢ではなく、夢ありきの計画、そして実行だ」ということ。

 

夢があって、目標があって、それからそこに近付くためにはどうすればいいかと考えた時に、初めて計画ができあがる、ということです。

 

そこにたどり着くためには、まず何をすればいいのだろうか、その第一歩は?と探し始める。

 

多くの人はその逆なんですね。

まず、何なら実現できそうか、手が届きそうかと考える。

そしてそれを目標にする。でもすぐ届きますよ、そんなものは。

で、そこで終了・・・・。

 

「やりたいこと」を追いかけるのか、「できること」を追いかけるのかの違い。

「できること」と「やりたいこと」は、まったく別の方向を向いていることが多いですよ。

 

なんだか自己啓発みたいな話になってしまいましたが・・・

案外、エネルギーが満ちあふれているはずの若い人達の中に、無難に手が届くことばかりを追いかける人が多い様な気もして。

 

手が届く範囲って、結局今いる自分の枠の中とそう変わらない世界ですよ。

無難にそれを追いかけていたって、自分の世界は広がりません。

 

だから外へ、外へ、広げていってほしいな、と思うわけです。

自分自身も、そうします。