バブル期の音楽業界と今…CD・レコード屋さんの思い出

ちょっとした昔話を一つ。

やましんは若い頃、CD&楽器ショップの店員として働いていました。

正社員です(笑)

 

けっこう、かなり・・・真面目に働いていましたよ!

 

地元ではナンバーワンの会社(といっても、同業者は片手で数えるほどしかなかったけど)で、何店舗かあるうちの一店舗を、最終的にはまかされている状態でした。

年功序列の会社だったため、店長という役職は与えられず、「主任」という微妙な立場で店長不在の店…というこれまた微妙な状態。

なのに主任という中途半端な役職付けのせいで、残業手当がもらえなかった・・・(>_<);

 

まぁそんな昔の愚痴はどうでもいいです。

 

 

当時は、「バブル景気」の時期でした。

CD業界もそれでウハウハ、楽器も、ちょうど「バンドブーム」というのがやってきた頃で、飛ぶようにエレキギターが売れていました。

やましんはギター売り場にはいなかったですけどね、でもかなり、若い人達に売れてたみたいです。

 

「インディーズ」という言葉が出て来たのはその頃でしょうか。

いわゆる「メジャー」のレコード会社とは契約していないミュージシャン達。

ちょっとしたブームになりましたが、でもやはり、当時の音楽業界の王道はやはりメジャーのレコード会社なわけで、結局インディーズの人達も、目指す所はメジャー、みたいな面もあった時代だったと思います。

 

メジャーのレコード会社も、インディーズのミュージシャンに眼を光らせていましたし、「インディーズ界で人気だったバンドが遂にメジャーデビュー!」みたいな売り出し方をしていました。

 

結局、インディーズとメジャーでは、やはり格差があった時代。

メジャーで売れなければ食っていけない、的な。

そしてメジャーに行けるのはごく一握りの人間。

もちろん当時でもそうじゃなかった人達、メジャーには顔を出さないで音楽で食っていた人達も大勢いるわけですが、本当にそういう人達は今の時代以上に目立たなかったんじゃないでしょうか。

 

 

ただ、やはりメジャーの音楽業界もバブルだったわけで、当時はとにかくちょっとでも売れそうなミュージシャンやバンドがいると、お金をかけてデビューさせてたみたいですね。

青田買い状態。

そして売れなくなったらハイおしまい・・・と。

すぐにバブル期も終わったし、それで消えて行った人はかなり多いみたいで。

 

で、その時期(には限らないけど)にあっさりメジャーから消えたミュージシャン達は、その後・・・

 

音楽から離れた人も多いだろうし、インディーズに戻り、音楽活動を続けている人もいる。

もう今となっては「インディーズ」という言葉すらあやふやなものですけどね。

とにかく事務所にも所属せず、マネージャーもつけず、自分一人で全国を廻って歌い続けている人もいます。

そして近年は、そういう人達とライブ会場で会うようなことも。

たとえば、先日ご一緒させていただいた佐木伸誘さんもそんな方ですね。

 

 

昔はレコーディングをするのにも多額の費用と機材・設備が必要でした。

ライブをするのも場所が限られていて、何よりも人を集めるのが大変。

宣伝をするにもテレビやラジオ、雑誌といった、とてつもなくお金がかかる方法しかなく、資金を持っているプロダクションに依存するしかなかった時代ですね。

 

でも今はインターネットで自分で告知ができ、レコーディングも自分でできる。

CDのプレスなども安くできる業者が多数あるし、ライブも全国のライブハウス、カフェ、バーなどどこでもできるし、メールやLINEのやり取りだけでライブの話が成立する時代です。

まさに、「インディーズ」の人達がそれぞれに活躍しやすい時代なわけですね。

 

ほんと時代が変わったもので、よほどの大物でないかぎり、かえってメジャーレコード会社やプロダクションに所属しているほうが何かと面倒、という話です。

ドームクラスのライブをしないとお客さんが入り切らないとか、テレビ出演などが多いとか、さすがにそういうレベルになると自分一人では仕事をさばききれませんけどね。

 

しかしそういう時代の変化のおかげで、数十年前にテレビの音楽番組や大きなライブ会場でしか観れなかったミュージシャンが、ひょこっと地方のライブバーにやってきて演奏していたりする。

間近で観れるばかりか、ライブ後に直接お話できたりもする。

 

そういう意味では、聞き手にとっても有り難い世の中になったもんだと思うアラフィフであります^^;

 

 

・・・昔話を蒸し返しますが、バブル期の音楽業界は凄かったですね、贅沢三昧。

やましんなどはその末端、一CDショップの店員に過ぎなかったわけですが、でも当時は、音楽を作る側と聞く側の接点が、CDショップでしかなかったわけです。

レコード会社やプロダクションにとっては、収入源の多くがCDの売り上げ。

コンサートよりもCDセールスが重要だった時代ですね。

 

なので、けっこうレコード会社側からは厚遇されていたように思います。

レコード会社からすればお客さんの立場、アーティストやプロダクションから見ても同じ。

 

告知の仕方も派手。

ちょっと売れそうなアーディスとが新作を出すとなると、店内ディスプレイ用のパネル、ポスター、タペストリーなどのPOP用キット…「こんなの1店舗で何百枚CDを売ったら元が取れるの?」っていうぐらいのお金がかかっていそうなものが、レコード会社から送られてくるのです。

 

また、当時はよく、ミュージシャンやアイドルなどのプレゼンを兼ねたパーティーなんかも開かれていました。

名古屋や大阪、東京に交通費先方持ちで招待され、新人アーティストや売り出し中のミュージシャンのプレゼン、生演奏等々。

もちろんアーティスト本人が参加して、業界関係者やCDショップの人達に挨拶をして廻るわけです。

高級ホテルのホールを借りて大々的に開かれたり、もちろんテーブルには豪華な料理、手みやげもいろいろと。

ビンゴ大会で高級ブランドの時計とかもらっちゃったことも・・・

あれ何十万するんだろ??
まさか百・・!?

 

そんなパーティーには、硬派で知られるロック系ミュージシャンなんかも参加させられていましたね。

ちょっと嫌そうな顔をしていた人もいたけど。

本当に、音楽業界で生きていくのって大変なんだなぁ・・・と、当時はそういう人達を見る度に思っていました。

 

後に超有名になった人とか、超大物外国人(当時は新人)のパーティーなんかもありましたし、まぁとにかく、バブルだったんだなあ、と思う次第。

もう音楽の力なんだか、金の力なんだか、よく分からなかった時代かもしれないですね。

 

 

とにかく今は、やましん自身が地方のライブハウスやBar、カフェなどに自分も出入りして、そして企画をしたり、ツアーミュージシャンと出会ったりして・・・

そんな中で、自分が関わっているこの世界は、本当に音楽に素肌で触れられる場なんだな、ということをありがたく思っているのです♫

 

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